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2007年9月

2007年9月30日 (日)

媚びない音

前回の続き 27日のイベントの事。今回は、「雅楽」の鑑賞。
今回、その機会を与えてくださったのも、以前書いた富田神社のMさんだ。Mさんは「舞」を舞うという事を知っていたので、今回、十五夜の夜のイベントには、ぴったりだと思いお願いしてみた。でも、やはり「舞」は、神様の前で舞うものだということで、残念ながら、丁重にお断りされた。しかし、そこで諦める私ではない(苦笑)。では、神社の音楽を、イベントで聴きたい。
そこで紹介していただいたのが、廣田神社のSさんだった。
初めてお電話でお話したとき、最初は私の無知っぷりをさらけ出し、大変恥ずかしい質問などしてしまったのだが、そんな質問も飄々を切り替えしてくるこのSさん。ちょびっとびびったりしてしまった。自分の知識の無さは棚に上げ、打たれ弱い性格だ。でも、お話をするにしたがって、どんどん楽しくなっていく。対外の場合、第一印象でその人を決め付けてしまう性格の私には、珍しい現象だった。いや、そういえば最近、そういう現象は他にもあったな・・・。少々、人を見る目が変わってきたのかもしれない。
それと、Mさんへの信頼だと思う。Mさんの教えてくださった人が、ただ怖い人のわけでは無い筈だ。・・・・そんなこんなで最終、大変愉快なおじさん(失礼)という印象に変わっていた。Sさんは、香川県神社庁雅楽部の部長さんを務めていらっしゃる。ある意味有名な方らしい。電話でのやり取りは、その後、多くは無かったのだけど、お会いしたとき、なんだか昔から知ってる方のような気がする。不思議な人だ。そう、体に全く力が入っていない。先にも表現したが、「飄々」という表現がぴったりの方だ、と思う。
Sさんの洒落に大笑いしながら、雅楽のこと、楽器、とりわけ笙のお話を聞く。初めてなのに、なんだかくっついてお話を伺った。どんどんお話を聞きたいなと思える。
Gakudaiko  
(楽太鼓の横で、火鉢の炭を起こすSさんです。)


雅楽は、1300年前に中国大陸より日本に入り、日本風にアレンジされ、今、世界で最古の音楽だと聞いた。1300年前より、殆ど変わらず、今に至ってるという、稀有な音楽だ。
今回演奏していただいた楽器は、笙、龍笛、しちりき、楽太鼓。それぞれの楽器の話は、演奏会の最中でもして頂いた。どれも初めて聞くことばかりで、そんな大切な日本の文化を知らずにいた自分が、恥ずかしくなる。
話の内容を書き出したら、ホントにきりが無いほど、演奏海中でも、いろんな話をしてくださった。
雅楽を目を閉じて聴く。とにかく、神々しい。そして、今まで聴いた音楽との決定的な違いを感じる。
全く「媚」が無い事。日本人は昔、自然のあらゆるものに、神の力を感じていた。そして、花鳥風月を愛でていった。今の世には考えられない程、自然は身近であり、逆に畏怖を感じさせてくれるものだっただろう・・。そんな中で、中国より入ってきたという事だが、この風土に、自然発生的に生まれた音楽のように感じた。
「媚」ることも無いが、尊大な感覚も感じない。だた、笙の光のような音色、龍笛、しちりきの躍動的な音、楽太鼓の心地よい響き。ただそこに、音がある、そういう気がした。

メトロノームでも、五線譜でもあらわせない音楽。私も三味線を習っていた頃、つくづく思ったけど、とにかく「合理的」では無い。他の国の音楽は知らないけれど、ドレミではあらわせない、絶対音感の必要な世界。日本の音楽、楽器にはそのようなものが多いように思う。
上手くいえないけど、それが、日本の文化の、ある種特徴なのかもしれない。

話の途中、Sさんはこんなことを教えてくださった。
「自分の10代前までさかのぼると、一体、何人の人がいると思います?1024人ですよ。 少なくともその人達がいなかったら、あなたは存在しないんです。」

とにかく、お客様にも喜んで頂いたが、私にとっても、必要必然の時間だった。

Gagaku2 Gagaku1_3

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2007年9月28日 (金)

必要必然

疲れた・・・。でも、有意義な時間だった。
今回の季節イベント「仲秋の名月 雅楽と日本料理の会」・・・。

ここ1年くらい 新しい、そしていい出会いに恵まれている。また、随分久しぶりの方にもお会いして、やはり新たな再会を果たす事もある。
この世にあることはすべて偶然ではなく、必然である。スピリチユアリズムではそういう風に言われる。また、スピリチュアルでなくても、、そのような言葉はよく聞く。

それがそうなら、この「雅楽の会」は、私にとって、「必然」であるのだろうと思う。

とにかく今回のイベントは、プレッシャーが凄かった。毎回イベント前はナーバスになるのだけれど、今回は特に凄かった。
理由は分からない。でも、このイベントの少し前に、不思議といろんな人からいろんな話を聞く機会を得た。これも必然ならば・・・・・。う~ん・・・。また小難しくなる。

「楽しく生きる」ということが、今の私には、実は難しい。でもここ最近会った人達は、「楽しく」生きている人が多かった。いや、楽しそうに、しているだけかもしれないが・・・。
そして言う事はだいたい一つ、「過ぎたことにくよくよするな」

なんと使い古された言葉だろう。でも、今の私は、それが全くといっていいほど出来ていない。振り返りの30代。後ろばかり見ていた30代。それが本当の私だ。
ある人に聞いた言葉がある。「諦める、ということは、物事を明らかにすることだ」と。
仏教の言葉なのかどうかは分からないけど、今の私には、これが全く出来ていない。

朝起きて夜寝るまで、最近の私はその事をよく考える。心にしみこんだ「恨み節」のような澱(おり)を、どうすれば浄化できるのだろうか・・・・。

今日(昨日)のイベントの準備の時、準備物の都合で、外出した。いつも私の着物エプロンを作ってくださってるおばあちゃんのところにも行く。随分久しぶりで、随分やつれていた。
私の知らないうちに入院していたと聞いた。このおばあちゃんには、いろんな面でお世話になった。もう、80過ぎのご高齢で、でもおしゃれなおばあちゃん(私は、おかあさんと呼ぶが)が、きゃしゃだった体がもう一回り小さくなっていた。
ご自分の体の方が絶対辛いのに、帰り際、玄関から身を乗り出して言ってくれた言葉。「あんたの病気は、心の中のことやから、心をしっかりもって、感謝と反省をしながら、無理せずやっていきなさい」

雅楽を聴く。いろんな人の言葉がよぎる。
今生かされている私には、きっとこの世での使命があるはずだ。
この菊水で、雅楽の音色を聞けたのも、必要必然なことなのだ。
今は苦しいけど また 心のクリアな自分を取り返すときが、きっとかならず、くるはず。
Gagaku1
雅楽の感想 会の感想などはまた近々書きます。

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