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2007年7月

2007年7月24日 (火)

謝る・・という事

随分サボってしまいました。7月に入って2回目の「つぶやき」。
ここのところ、決算事務をずっとしておりました。昼間は時間が無いので、真夜中の仕事です。昨年も書いたような気がしますし、一昨年も書いたような気がします。経理担当の方がいたらなあ~(-_-;)。
とにかく、なんとかかんとか、私の仕事は9割9部終わりました(と、思うんだけど・・)。あとは、税理士さんの指摘を、きっちり受け止められるか!というところです。
おっと、決して、うちの帳簿にはごまかしはありません!単純ミスの指摘ですよ(^_^.)。

さて、前回から随分間も開き、考える事もたくさんありました。

そんななかで、一番考えた事、それは、「謝る」ということです。

先日、まったくの私たちのミスで、折角お越しいただいたお客様を、大変怒らせてしまったことがありました。
そんなこと、ここで書く事もないだろうとも思うのですが、一番心に残った事なので、聞いていただこうと思います。
とにかくご立腹のお客様、仲居も戸惑っていました。
正直私は、お客様がなぜそんなに怒ってらっしゃるのか分からず、最初はそのお客様の対応を、仲居さんに御願いしてました。勿論、当日はかなり忙しく、私自身もなかなか伺えなかったのもありました。
でも、やはりこんな私でも、自分はこの店の女将です。とにかくお部屋に伺い、頭を下げてお詫びを申し上げました。
そして、お客様も言い分を、お聞きしたわけです。
そのお話をお伺いするにつれ、お客様のお怒りが充分理解できました。
もし、私がこのお客様だったら・・・・。

本当に戸惑ってしまいました。なにを戸惑うか・・・、どのようにして、お詫びをすればいいのかがわからなくなってしまったんです。
本当に恥ずかしい事です。いままで、やはりお客様相手の仕事ですから、お叱りを受けることは、なかった、とは言えません。
でも、今回ばかりは、お詫びの仕方が分からなくなるほど、責任を感じてしまいました。
ただただ、手をついて謝り続けましたが、お客様の不快な思いは、消し去る事はできません。嫌な思い出は、残ります。そして、いろんな想いで遠方からこられたこのお客様に、その想いに答えて差し上げれない・・・。そう思うと、体が硬直してしまい、頭を下げている自分のふがいなさ、情けなさがこみ上げてきます。ただ頭しか下げれない自分も嫌になってきます。
「謝る」、というのは、どういうことなんだろう・・・と、考え込んでしまいました。
形だけ謝る事も、私たちの日常にはあります。心のどこかで、「私だって被害者だ」なんていうことも思ってるんじゃないか、そんなことも考えました。
大人になるにつれ、頭でっかちになるにつれ、人は素直に、謝ることができなくなる。
子供に、「ちゃんと謝りなさい」なんて言いながら、そこには単純に「ごめんなさい」を口から発するだけでなく、心の中で、他者に掛けた迷惑を詫びる。それが一番大事。
そう、思っていたのだけど・・・。
やはり、心の中にある謝罪の気持ちというのは、なかなか上手く、そして、そう短い時間には表せない。そんないろんな事が頭に浮びます。
お帰りの際、お客様は遠慮されて辞退されましたが、お詫びの気持ちで、車で高松まで送らせて頂きました。その車中、いろんなお話を聞かせていただいたり、お話もさせていただきましたが、やはり心は晴れない。この送らせていただいてる好意は、自分の心の罪を、軽くするためにしているの?などど、自問自答している私。
考えすぎるのは私の癖。でも、そんな考えすぎる自分を越さないと、自分は前に進めない性格であることも知っている。

このお客様は、私にいろんな事を教えてくれました。
こういう言い方も無責任に聞こえるかもしれませんが、改めて、お店をして、いろんなお客様にお越しいただき、時間と、お料理と空間、そしてサービスを提供し、生活させていただいてる自分の責任を、深く深く感じさせていただきました。

「謝る」というのは、自分の成長の糧になるものなのかもしれません・・。

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2007年7月 9日 (月)

束ねてた私

いつの間にやら7月。七夕も終えて、蒸し暑い日々。
ここ香川では、またまたの水不足。毎年のようにいわれているのに、なにか対策はないのでしょうかね~。昨日の四国新聞には、四国の水瓶、高知のさめうらダムの様子が紙面に登場している。1994年、大渇水の際に始めてみた、ダムに沈んだ大川村役場が、すっかり姿を現している。でもここのところの雨で、一階部分は水に沈んでいるようだ。あの役場は、香川県民にとっては、渇水のシンボルのようなもの。九州などでは、大洪水で大変だという事だけど、この異常気象は怖いですね。人間がいくら頑張っても、天候かなんとも出来ない。
とにかく、さめうらダム(漢字で書いたら?)の水の量に、日々目を向けている毎日です。
 

 ここのところ、小学校2年生の息子が、「お友達のところに遊びに行く」ことが嬉しいようで、毎週のように出かけたり、招いたりしている。
少し前まで、ばあちゃんや私の友達ばかりに頼っていた休み。子供も徐々に、親離れしていってるのかな・・と思う。これて自転車でどこでも行き始めたら、もう、うちにいないかもなあ・・と思う。
毎週、毎週、他のお母さん方とは違って、土日は仕事が忙しく、息子に構ってあげることが、少なかった。そんな仕事をしている自分を恨んだもんだが、仕方が無い、といえば仕方の無いことだけど、「かあさん、かあさん、」と泣く息子を、おばあちゃんが無理やり連れ出して行ってくれるのを、泣いて見ていたいたこともあったな・・・。
もう、すっかりおにいちゃんになったなと、つくづく思う。友達いっぱいつくりなよ。友達は財産だよ。
そんな息子の変化と共に、私にも、心の中で少し変化し始めたところがある。
まだ自分の力で友達のおうちにいけないので、送ったり、迎えにいったりすることがある。
そこで、それまであんまりお話したことがなかった、「子供の友達のおかあさん」とお話する機会が増える。
そこで、意外な話を聞く。「私も、おかあさんづきあい、苦手なんよね・・」という言葉。
そんな話をしながら、先日はお迎えに行った際、私もお宅に訪問させていただいて、いろんな話をさせていただいたりした。そうしたら、意外な趣味だとか、考え方とかに触れた。
実際、私もなぜ、「おかあさんづきあい」、週刊誌で言うところの「ママ友」が苦手なんだろう・・と考えてみる。それは、私も、わたしという一個の存在ではなく、「○○クンのおかあさん」で、いなければならないと、無意識に思ってること、そして、◇◇クンのおかあさんという人とのお付き合いをしなきゃあいけない・・と思っていること。
スピリチュアルカウンセラーの江原さんがこんなことを言ってた。「学校は、子供が学ぶ場所であり、おかあさんが、友達を作る場所ではない」と。
そういう事をわざわざ言う事は、それだけ、私みたいに、苦手意識の持っている人が多く、本末転倒している相談などが多いのかな・・と思う。
私はもともと、いろんな人と出会うのは好き・・だった。それがいつの間にか、変わってしまったのだろう・・・。それは・・・いつも、私、ではなくて、お母さんであり、嫁であり、女将で在らなくてはいけない、という束縛。
以前にも書いた新川和江さんの「私を束ねないで」という詩に、全く反して、束ねてしまってる私。なんで?周りがそう見るから?なんで、周りにあわせなきゃあ、いけないの?・・いろいろ言われるから・・?。・・・・・・・。

でも、しんどいよね・・。私は私だよね・・・。母を否定するわけでもないし、女将を否定する訳でもない。でも・・・それ以前に私をいう一人の人間。そんなこと「当たり前なのに」・・。改めて思うことでもないのに・・・。
息子の友達のあるおかあさんは、手芸が大好きだと言っていた。かぎ編みが大好きだという。お宅に伺うと、ハギレがたくさん積み上げられていた。本当に可愛らしい小鹿とか、クマさんとか作っていた。作っていると、夢中になって、楽しいんだと言っていた。
この方にそんな一面があるなんて、まったく知らなかった。そんな作品をオークションや、展示会などに出すという事だった。
びっくりした。
何でそんな風にびっくりするの?それは私も、その人を「△△クンのおかあさん」といか見てなかったからじゃないの?自分がして欲しくなかった事、私はしていたんだ・・。そんな部分もある、びっくりだった。
単純な事を、分かってない事がある。私はこう見えて(同見えて?)案外頑固で頭固いなあ・・と自己認識する。
お友達を作る場とは思ってないけれど、いろんな人がいるということを、表面ではなく、見ていくことが大事だと思う、最近の事でした・・・・。う~ん・・また長くなった(-_-;)

さっきの方の、手芸の作品の掲載されたHPを教えていただきました。
張っておきますので、のぞいて見てくださいね。

http://snowdrop2006.apple.io/
 

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